なぜフレディ・キングは「音が違って聞こえる」のか
フレディ・キングを語るとき、つい「音が太い」とか「ロックっぽい」とか、分かりやすい言葉を使ってしまう。でも正直、それだけだと何も説明していないのと同じなんですよね。ブルースマンで音が太い人なんて他にも山ほどいるし、指で弾くギタリストも珍しくない。
それでもフレディ・キングの音は、なぜかすぐ分かる。録音でも、ライブでも、ワンフレーズ目で「あ、フレディだ」と気づく。この違和感というか、引っかかりこそが、この人を掘る意味なんだと思います。
よく言われる右手の話——親指と人差し指でつまむように弾くこと、時期によってはサムピックを使い、また別の時期には使わないこと。確かにこれは事実だし、音に影響もしている。でも、それ自体が決定打かというと、たぶん違う。同じことを真似しても、同じ音にはならないからです。
フレディ・キングが特別なのは、「どう弾くか」以前に、どう音を前に出すかが最初から決まっているところ。ブルースの中にいながら、音量や迫力をごまかさない。間で逃げない。低音も高音も、同じ“圧”でこちらに飛んでくる。その姿勢が、そのままプレイに現れている。
だから彼のギターは、歌っているというより、踏み出してくる感じがする。ブルースなんだけど、すでにロックの一歩手前に立っている。後のロック・ギタリストたちがフレディに強く反応したのも、フレーズより先に、この「音の出方」を感じ取ったからじゃないかと思うんです。
この記事では、フレディ・キングの生い立ちから、ギターを始めたきっかけ、影響を受けた人物、プロになるまでの過程、そして活動の全体像を追いながら、最終的に「なぜフレディの音は特別に聞こえるのか」に立ち戻ります。
サムピックの有無でも、奏法の分類でもなく、その奥にある“感触”の話まで辿り着けたらいいな、と。
まずは、フレディ・キングという人間が、どんな環境で音楽に触れ、どんな空気を吸って育ったのか。そこから順に見ていこう。
生い立ちと音楽環境
テキサスで育った少年時代
フレディ・キングは1934年、テキサス州ギルマーに生まれています。テキサスというと、ブルース好きにはそれだけで少し身構える土地ですが、彼の場合も例外じゃない。生まれた時代も場所も、音楽と距離を取るほうが難しい環境でした。
幼い頃から、家の周りでは自然に音楽が鳴っていたそうです。特別に「音楽一家」というほど華やかな話ではないけれど、教会ではゴスペルが流れ、外に出ればブルースやリズム&ブルースが普通に聞こえてくる。いわば、音楽が“聴くもの”ではなく、“そこにあるもの”だった時代と土地。その空気の中で育った少年が、後にあれだけ前に出る音を出すようになるのは、わりと必然にも思えます。
テキサス育ちという点も重要で、ここで身につくブルースの感覚は、どこか荒っぽい。繊細に歌い上げるというより、体で鳴らす。間を取って語るより、まず鳴らしてしまう。後年のフレディ・キングの演奏から感じる「遠慮のなさ」は、この土地の気質がそのまま染み込んでいる感じがします。
教会音楽とブルースが同時に流れていた環境
もうひとつ見逃せないのが、教会音楽の存在です。ゴスペルは、フレディにとって「別ジャンル」ではなく、日常の一部でした。声を張り、感情を前に出し、音量で気持ちを伝える。その考え方は、後のギタープレイにもそのまま表れています。
フレディ・キングのギターって、どこか“発声的”なんですよね。フレーズが短くても、ちゃんと主張する。低音も高音も、同じテンションで前に出てくる。この感覚は、ブルースだけを聴いて育った人より、ゴスペルの中で音量と感情を身体で覚えた人のそれに近い。
まだギターを手にする前から、フレディの中には「音は小さくまとめるものじゃない」という感覚があったんじゃないかと思います。あとから技術を足したというより、鳴らし方の方向性だけは、最初から決まっていた。この下地があるからこそ、のちにどんな奏法を使おうが、サムピックを付けようが外そうが、音の芯がブレなかった。
ここまでを見ると、フレディ・キングの“爆音”は、テクニック以前に育った環境の産物だというのが、少し見えてきます。
次は、そんな彼がどうやってギターと出会い、誰から何を学んだのか。そこに進もう。
ギターを始めたきっかけと、誰に習ったのか
家族と周囲から“自然に”入ってきたギター
フレディ・キングがギターを始めた理由は、よくある「憧れのスターを見て衝撃を受けた」というタイプの話とは少し違います。もっと生活寄りで、もっと地に足がついた入り方。気づいたら、そこにギターがあった、という感じに近い。
幼い頃から身の回りには、楽器を触る大人や音楽を鳴らす人が普通にいた。特別なレッスンに通ったわけでも、英才教育を受けたわけでもない。誰かが弾いているのを横で見て、触らせてもらって、真似して鳴らしてみる。その繰り返しの中で、ギターが「特別なもの」じゃなく、「使うもの」になっていった。
この時点で、フレディにとってギターは“表現のための道具”というより、音を出すための実用品だったんじゃないかと思います。だから後年になっても、音色や迫力に対して妙に現実的で、遠慮がない。
叔父から受け継いだ「弾き方」より大事なもの
よく語られるのが、母方の叔父の存在です。フレディはこの叔父からギターの基本を教わったと言われていますが、たぶん重要だったのは、指使いやコード進行そのものじゃない。
それよりも、「どうやって音を出すか」「どのくらい強く鳴らすか」「リズムをどう体に入れるか」。そういう感覚的な部分を、言葉じゃなく姿勢で教えられた可能性が高い。
実際、フレディ・キングのプレイって、あとから理屈をつけるのが難しいんですよね。変な話、フォームが多少ブレても、ピックの使い方が変わっても、音の説得力が落ちない。これは、最初に「正しい弾き方」を叩き込まれた人の音じゃない。音が鳴る方向だけを先に覚えた人のそれです。
教則より現場、理論より感覚
フレディの学び方は、完全に現場型でした。レコードを聴き、周囲のプレイヤーを見て、盗んで、試す。合わなければやめる。良ければ残す。その積み重ね。
ここで面白いのは、後年になってもフレディが「型」に落ち着かなかったことです。右手の使い方ひとつ取っても、時期によって違いがある。サムピックを使う時期もあれば、使わない時期もある。でもそれは迷走じゃなく、常に“いちばん前に出る音”を探していただけなんでしょう。
最初から誰かのコピーで完成してしまうタイプじゃない。だからこそ、後にB.B.キングやT-ボーン・ウォーカーといった偉大な先人の影響を受けながらも、最終的には「フレディ・キングの音」に着地した。
この章をまとめると、フレディ・キングは「誰に何を教わったか」以上に、「どういう姿勢で音に向き合うか」を、かなり早い段階で身につけていた人物だった、ということになります。
次は、その彼がどんなギタリストたちから影響を受け、何を吸収し、何を切り捨てたのかを見ていこう。
影響を受けたギタリストたち
テキサス・ブルースの空気を丸ごと吸い込む
フレディ・キングが影響を受けたギタリストを語るとき、まず外せないのが「テキサス・ブルース」という土壌そのものです。特定の誰か一人、というより、鳴らし方の文化をまとめて体に入れている感じ。音を大きく、はっきり、前に出す。間で語るより、まず鳴らす。この姿勢は、テキサスで育ったブルースマンに共通するものでもあります。
その中で、フレディが若い頃に強く影響を受けたとされるのが、ライトニン・ホプキンス。彼のギターは決して整ってはいないけれど、音に感情がそのまま乗るタイプ。フレディの初期プレイに見られる、少し荒れていて、遠慮のないアタック感には、明らかにその影が見えます。
B.B.キングとT-ボーン・ウォーカーから何を学んだのか
三大キングの文脈で語られる以上、**B.B.キング**の存在は避けて通れません。B.B.キングからフレディが受け取ったのは、フレーズそのものよりも、ギターを“歌わせる”という発想だったと思います。1音をどう伸ばすか、どう震わせるか。ギターで感情を伝える、という考え方自体は、間違いなくB.B.からの影響でしょう。
ただし、フレディはそこに留まらなかった。B.B.の音が「語りかけ」だとしたら、フレディは「押し出す」。同じように歌わせているのに、音量感と前進力がまるで違う。この違いは、敬意を持って影響を受けつつも、そのまま真似しなかった証拠でもあります。
そしてもう一人、重要なのが T-ボーン・ウォーカー。T-ボーンは、ブルースに洗練された構造を持ち込んだギタリストで、ジャズ的なコード感やスマートな立ち振る舞いが特徴。フレディはここから、**ブルースを“形として成立させる感覚”**を学んだように思えます。
ただし、T-ボーンのように優雅にはならない。構造は吸収するけれど、音は荒らす。このバランス感覚が、フレディ・キングらしさ。
影響を受けながら「同じにならなかった」理由
面白いのは、フレディがこれだけ多くの影響を受けていながら、誰かのコピーに聞こえないところです。ライトニンとも違う、B.B.とも違う、T-ボーンとも違う。共通点は見つかるのに、重ならない。
その理由はたぶん、影響をフレーズで受け取っていなかったから。音の出し方、リズムの感じ、音量感、立ち位置。そういった「音楽に対する姿勢」を盗んで、自分の体に合う形に変えていった。
結果としてフレディ・キングのギターは、ブルースの正統な延長線上にありながら、どこか早い段階でロックの気配を帯びることになります。まだロックという言葉が今ほど一般的じゃなかった時代に、すでに“ロック的な音の出し方”をしていた。それが、後の世代にとって強烈なフックになった。
次は、そんなフレディがどうやってプロとして食べていく存在になっていったのか。シカゴに移ってからの話に進もう。
プロになるまでの道のり
シカゴへ——現場で揉まれ、選別される
フレディ・キングがプロとして歩き出す転機は、テキサスを離れてシカゴへ移ったことでした。当時のシカゴは、ブルースの“中心地”であると同時に、容赦なく実力を選別される場所でもあった。弾けるだけじゃ足りない。音が通らなければ、生き残れない。
クラブを転々とし、セッションに飛び込み、名前もないまま弾き続ける日々。ここでフレディは、ブルースを「表現」ではなく「仕事」として叩き込まれていきます。甘い音、遠慮した音は、すぐにかき消される。だから彼のギターは、自然と前に出る方向へ研ぎ澄まされていった。
歌ではなく、ギターで勝負する選択
重要なのは、フレディが早い段階で「自分は歌で前に出るタイプじゃない」と理解していた点です。もちろん歌えないわけじゃない。でも、彼が一番強いのはそこじゃない。ギターそのものが主役になれる。それを現場で肌感覚として掴んでいった。
この感覚が、のちのインストゥルメンタル路線へつながります。当時、ブルースでインスト曲を前面に出すのは簡単な賭けじゃなかった。それでもフレディは、歌に寄りかからず、ギター一本で成立させる道を選ぶ。ここにも彼の性格がよく出ている。説明や装飾より、鳴らして納得させる。
小さな成功と、決定的な手応え
シカゴでの下積みは長く、決して順風満帆ではありませんでしたが、少しずつ評価は積み上がっていきます。レコーディングの機会を得て、自分の音が「作品として残る」経験を重ねる中で、フレディは確信を深めていったはずです。
——このやり方でいい。
——音で前に出れば、通じる。
後に代表曲となるインストゥルメンタルが生まれる土壌は、この時期にしっかり耕されていた。技巧を誇るでもなく、奇をてらうでもない。ただ、音を太く、強く、前へ。その一貫した姿勢が、プロとしての道を切り開いた。
ここまで来ると、フレディ・キングはもう“無名のブルースマン”ではない。次の章では、いよいよプロとして名を知られる存在になってからの活動、インスト曲での成功と、周囲の反応を見ていこう。
プロになってからの活動
インストゥルメンタルで名を刻むという異例の成功
フレディ・キングがプロとして一気に知られるようになるきっかけは、やはりインストゥルメンタル曲のヒットでした。ブルースの世界では、歌が前に出るのが当たり前だった時代に、ギターそのものを主役にして勝負する。これはかなり思い切った選択だったはずです。
でも、フレディにとっては自然な流れでもあった。歌で感情を伝えるより、音そのものを前に出すほうが、自分の強みを一番正直に使える。結果として生まれたのが、「Hide Away」をはじめとする、ギタリストの定番曲になっていくインスト群です。ここで評価されたのは、速さやテクニックよりも、一音一音の存在感。フレディ・キングという名前は、「音がでかい」「ギターが前に出る」という感覚と一緒に覚えられていきました。
ブルースの枠を越えて、ロック畑へ
60年代後半から70年代にかけて、フレディ・キングの立ち位置は少しずつ変わっていきます。ブルースのファンだけでなく、ロック系のミュージシャンやリスナーが、明らかに彼の音に反応し始める。この現象は、狙って起きたというより、音の出方が時代の感覚に追いついてしまった結果でしょう。
この頃のフレディは、より大きなステージに立ち、音量も演奏もさらに前のめりになっていく。ブルースを守るというより、ブルースを足場にして、もっと遠くへ音を飛ばそうとしているように見える。だから、後にロック・ギタリストたちが「入り口」としてフレディを掘り返すのも、すごく自然なんです。
スタイルは変わっても、姿勢は変わらなかった
興味深いのは、時代が変わってもフレディ・キングの姿勢自体はあまり変わっていないことです。編成が大きくなろうが、曲調が少しモダンになろうが、「音を前に出す」という一点だけは一貫している。テクニックを足すより、鳴らし方を強める。これは、プロになる前から続いている彼の基本姿勢でした。
だからこそ、キャリア後半の演奏を聴いても、若い頃と違うのに「別人」には聞こえない。荒削りな部分も含めて、ちゃんとフレディ・キングの延長線上にある。完成しきらないまま、前に進み続けたプロ人生だったとも言えます。
次は、ここまでの活動を踏まえたうえで、いよいよ核心に入ろう。
フレディ・キングのプレイスタイルそのもの、そしてなぜ彼の音があれほど特別に聞こえるのか。その正体を、もう一段深く掘っていきたい。
フレディ・キングのプレイスタイルの核心
奏法より先にある「音の出方」
ここでようやく、フレディ・キングのプレイスタイルそのものに踏み込みます。ただし、最初にはっきりさせておきたいのは、彼の個性は「特殊な奏法」にあるわけじゃない、ということ。指で弾くブルースマンは他にもいるし、サムピックを使うギタリストも珍しくない。だから、右手の形だけを取り出しても、フレディの説明にはならないんです。
それでも、彼のギターが一瞬で分かる理由は何か。答えはシンプルで、音の出る瞬間の圧が違う。弦に触れる直前から、もう音量の方向が決まっている。小さくまとめる気が最初からない。だから、どのフレーズを弾いても、音が「置かれる」んじゃなくて「飛んでくる」感覚になる。
親指と人差し指で“つまむ”という感覚
フレディの右手は、年代によって細かな違いはありますが、基本的な考え方は一貫しています。親指と人差し指を中心に、弦をつまむようにして鳴らす。時期によってはサムピックを使い、人差し指には金属のフィンガーピックを装着している映像も確認できる。ただし重要なのは、「何を付けているか」よりも、「どう当てているか」。
親指は低音弦を押し出す役割。人差し指は高音弦に噛みつかせる役割。この分業があることで、低音も高音も同じテンションで前に出る。結果として、ベースラインが弱らず、速いフレーズでも輪郭が潰れない。これが、フレディの演奏を聴いたときに感じる、あの独特の押し出し感です。
速いのに、軽くならない理由
フレディ・キングの演奏をコピーすると、多くの人がここでつまずきます。テンポも合っている、フレーズも合っている。それなのに、音が軽い。これは技術不足というより、アタックの思想が違うから。
彼のフレーズは、速さのために力を抜かない。むしろ、速く弾くほど音量が落ちないように、意識的に前へ出している。だから「Hide Away」のような曲でも、音数が増えても迫力が減らない。ここが、後のロック・ギタリストたちにとって、強烈なヒントになった部分でもあります。
フレーズよりも、姿勢がコピーされていった
フレディ・キングの影響力は、具体的なリックやスケール以上に、鳴らし方の姿勢として広がっていきました。間で逃げない、音量をごまかさない、弱音を使わずに感情を出す。その姿勢は、ブルースの枠を越えて、ロックの感覚に直結していく。
だから彼の音は、時代や機材が変わっても「フレディ」として成立する。サムピックを付けようが外そうが、指で弾こうが、その根っこにある考え方が同じだからです。
ここまで見てくると、フレディ・キングのプレイスタイルは、技術論で語りきれない領域にあることが分かってきます。
次は、その音が具体的にどんな曲で、どんな形で残されているのか。代表曲とフレーズの特徴を通して、もう一段具体的に見ていこう。
代表曲とフレーズの特徴
「Hide Away」に詰まっているフレディ・キングの全部
フレディ・キングの名前を聞いて、真っ先に思い浮かぶ曲が「Hide Away」という人は多いと思います。ギタリストにとっては、もう“通過儀礼”みたいな存在ですよね。でもこの曲、冷静に聴き直すと、テクニックの誇示というより、フレディという人間の鳴らし方そのものが凝縮されているのが分かります。
まず、ベースラインが異様に強い。インスト曲なのに、土台がまったく痩せない。これはアレンジの問題というより、右手の低音の押し出し方が原因です。速いフレーズに入っても、低音弦の存在感が消えないから、演奏全体が前のめりになる。リードが暴れているのに、足元はどっしりしている。ここが、多くのブルース・インストと決定的に違うところ。
フレーズは難しくない、でも真似すると違う
正直に言えば、「Hide Away」のフレーズ自体は、超絶技巧というほどではありません。スケールも分かりやすいし、指板上で何をやっているかは追える。でも、いざ弾いてみると、「あれ?こんな軽い音だっけ?」となる。
理由ははっきりしていて、フレディは一音一音を均等に扱っていない。どの音も同じ強さで鳴らしているようで、実は微妙に重心がずれている。低音は少し重く、高音は鋭く前に出る。このバランスがあるから、速くても音が潰れないし、単純でも退屈にならない。
フレディのフレーズは「会話」じゃなく「推進力」
B.B.キングのフレーズが語りかける会話だとしたら、フレディ・キングのそれは推進力に近い。問いかけて、間を置いて、返す……そういう余白よりも、「行くぞ」という勢いが先に立つ。
だから、同じブルース進行でも、フレディが弾くと時間の流れが速く感じる。実際にテンポが速いわけじゃないのに、前に引っ張られる感覚がある。これは、フレーズの組み立て以上に、音の立ち上がりが常に前向きだから起きる現象です。
他の代表曲にも共通する「前に出る音」
「Hide Away」以外の代表曲を聴いても、この性格は一貫しています。どの曲でも、弱音で雰囲気を作るより、まず音を置く。グルーヴは作るけど、引く方向には使わない。このため、曲のジャンルがブルースであっても、聴き手にはどこかロック的に感じられる。
フレディ・キングの代表曲が長く弾き継がれている理由は、「練習にちょうどいい」からじゃありません。弾くと、自分の音量や姿勢がバレるからです。ごまかしがきかない。だからこそ、多くのギタリストが何度も戻ってくる。
フレディの曲を弾くということは、単にブルース・フレーズをなぞることじゃない。
「音を前に出す覚悟があるか」を、静かに試される行為なんだと思います。
使用機材と音作り
機材はシンプル、でも鳴らし方はシビア
フレディ・キングの音を語るとき、機材の話はどうしても控えめになります。というのも、彼のサウンドは「この機材だから出た」というタイプではなく、何を使ってもフレディになるから。逆に言えば、同じ機材を揃えても、同じ音にはならない。
使用ギターはギブソン系が中心、特にセミアコを主軸にしていた
フレディ・キングが手にしていたギターを見ると、方向性はかなりはっきりしています。
基本はギブソン系、しかもその中でも ES-335、ES-345、ES-355 といったセミアコースティックがメイン。キャリアを通して見ても、フレディの音の軸はこのあたりにあります。
セミアコ特有の、箱鳴りとソリッドの中間的な反応は、フレディの「前に出る音」と相性がいい。強く弾いたときに空気が一緒に動く感じがあって、音量を上げてもただ硬くならない。低音は膨らみすぎず、高音は鋭く前に出る。このバランスが、彼の押し出しの強いプレイを支えていました。
一方で、フレディはセミアコ一辺倒というわけでもありません。時期によってはレスポールを手にすることもあり、さらにファイアーバードのような、やや攻撃的なギブソン系ギターを使う場面もあります。ここから分かるのは、「この形じゃなきゃダメ」というこだわりよりも、鳴らしたときに前へ出るかどうかを基準に選んでいた、ということ。
レスポールを使えば、音はより密度を増すし、ファイアーバードなら抜けが強くなる。でも、どのギターを持っても、フレディの音はフレディのまま。結局、ギターはキャラクターを決める道具ではなく、自分の音量と圧を受け止められる器かどうかが重要だったんでしょう。
だから彼の使用ギター遍歴は、器用さや浮気性というより、「常に一番前に出る音を探していた結果」と見るほうがしっくりきます。
歪ませないのに、なぜあれだけ太いのか
ここで重要なのが、「歪みはアンプで作るものじゃない」という考え方。フレディの場合、歪みは音量の副産物でした。弦を強く弾き、アンプをしっかり鳴らす。その結果として、自然に飽和する。だから音が荒れても、輪郭が消えない。
歪みエフェクトに頼らない分、アタックの雑さや弱さはそのまま音に出る。これは怖い。でもフレディはそこから逃げない。むしろ、弦に触れる瞬間の精度と勢いで勝負する。この姿勢が、音を一段太く、重く感じさせています。
セッティングよりも、出力の考え方
フレディ・キングの音作りを真似しようとして、アンプのつまみをいじる人は多いけど、たいてい途中で行き詰まる。なぜなら、問題はトレブルやミドルの位置じゃないから。
彼の音は、ピッキングした瞬間に「出力が足りているか」で決まる。弱く当てて、あとで整える、という発想がない。最初から、前に出す前提で弾く。その結果、アンプがちゃんと仕事をする。機材はそれを増幅しているだけ。
機材に“合わせない”という強さ
フレディは、機材に自分を合わせにいかないタイプでした。新しいギターを使っても、新しいアンプに替えても、弾き方は変えない。音が出にくければ、強く弾く。前に出なければ、さらに前に出す。
この姿勢があるから、時代ごとの録音を聴き比べても、印象が大きく変わらない。録音環境が変わっても、「フレディ・キングの音」がちゃんと残っている。
結果として、彼の機材構成は参考になる部分が少なく、逆に音への向き合い方だけが強烈に残った。
フレディ・キングにとって機材は、音を作るための主役じゃない。自分の音を逃がさず外へ出すための通路だった。
フレディ・キングが影響を与えたギタリストたち
ブルースからロックへ渡された「音の感触」
フレディ・キングの影響力が本当に面白いのは、ブルース界の中だけで完結していないところです。彼は「ブルースの人」ではあるんだけど、その音はかなり早い段階で、ロック側の感覚に接続してしまっている。だからこそ、60年代後半以降のロック・ギタリストたちが、こぞってフレディに反応した。
象徴的なのが、エリック・クラプトン。クラプトンがフレディ・キングを熱心に聴いていた話はよく知られていますが、ここで重要なのはフレーズの引用よりも、音の太さと押し出し方。ブルースを弾いているのに、音量をためらわない。間で逃げず、真正面から鳴らす。この姿勢は、初期のクラプトンのギターにそのまま反映されています。
スティーヴィー・レイ・ヴォーンに受け継がれた血筋
フレディ・キングの影響を、より分かりやすい形で受け継いだ存在が、**スティーヴィー・レイ・ヴォーン**でしょう。SRVの音を聴いたとき、多くの人が感じる「異様な前ノリ感」「低音の太さ」「引かない姿勢」。これらはほぼ、そのままフレディ・キングの延長線上にあります。
SRVの場合、フレディのフレーズを実際に弾いていたという点も大きいけれど、それ以上に大事なのは、音量と感情を分離しなかったところ。小さく弾いて雰囲気を作るのではなく、強く鳴らして気持ちを出す。その思想は、テクニックよりも深いところで受け継がれている。

フレディキングとエリッククラプトンの違いについて語るレイボーンw
ロック・ギタリストたちが惹かれた理由
フレディ・キングは、ジャズ寄りでもなければ、いわゆる“シカゴ流の粋”でもない。だからこそ、ロック側の人間が入りやすかった。音がストレートで、言い訳をしない。歪ませても、荒れても、それを隠さない。
**ジェフ・ベック**や、ブリティッシュ・ブルース勢がフレディに強く反応したのも、ブルースの文法より、音の出方がロックの身体感覚に近かったからでしょう。
フレーズより「姿勢」が伝染した稀な例
フレディ・キングが後世に残した一番大きな影響は、具体的なリックやスケールではありません。
それよりも、
- 音量を恐れない
- アタックをごまかさない
- 弱音で逃げない
という、音楽への向き合い方そのもの。
だから彼の影響を受けたギタリストたちは、演奏スタイルやジャンルが違っても、どこか共通した「前に出る音」を持っている。フレディ・キングは、ブルースの歴史に名前を刻んだだけでなく、ブルースからロックへ向かう途中に、確かな橋を一本かけた人物だったと言っていいと思います。
ゲイリー・ムーアが「The Stumble」をカバーした意味
フレディ・キングの影響が、70〜80年代以降のロック・ギタリストにも確実に届いていることを示す分かりやすい例が、**ゲイリー・ムーア**による The Stumble のカバーです。
「The Stumble」は、フレディ・キングのインスト曲の中でも、特に“押し出しの強さ”がはっきり出ている曲。派手なメロディや技巧より、音の立ち上がりと重さで聴かせるタイプの曲です。ここをゲイリー・ムーアがあえて取り上げた、という事実が、かなり示唆的なんですよね。
ゲイリー・ムーアといえば、ハードロック/ヘヴィなギタリストというイメージが強い。でも、彼のブルース期の演奏をよく聴くと、「泣き」以前に、まず音が前に出てくる。その感覚は、B.B.キング直系というより、フレディ・キング的。強く弾き、音量を保ち、感情を押し出す。
ゲイリーが「The Stumble」をカバーしたのは、単なるリスペクトやレパートリー選び以上に、
自分のブルース観とフレディの鳴らし方が、同じ方向を向いていたからだと思います。
速さやテクニックを足しても、骨格は崩さない。音の太さと推進力を最優先する。その姿勢は、まさにフレディ・キングから受け取ったもの。
この一例を見るだけでも、フレディ・キングの影響は、
「ブルース・ギタリストの系譜」だけじゃなく、
ハードロックやモダンなギタリストの感覚の中にも、静かに入り込んでいることが分かります。
これはこれでめちゃかっこいい🌟
ディスコグラフィー
フレディ・キングの音が変化していく流れを見る
フレディ・キングのアルバムを並べてみると、意外と「作風の変化」がはっきりしています。ただし、それは方向転換というより、鳴らし方の前提はそのままに、外側が少しずつ変わっていく感じ。どの時代を切っても、音の芯は同じです。
初期:インストでギタリストの耳を掴んだ時代
最初に触れるなら外せないのが
Freddy King Sings や
Let’s Hide Away and Dance Away。
この時期のフレディは、とにかくギターが前に出る。歌があっても、主役は明らかにギター。特にインスト曲群は、ブルースでありながら「ギタリスト向けの教材」みたいな顔をしている。でも実際は、理論より音量と推進力で殴ってくる。
ここで確立されたのが、「フレディ・キング=ギターが前に出る人」というイメージです。
中期:ブルースの枠に収まりきらなくなる
70年代に入ると、フレディの音はさらに押し出しが強くなります。
代表的なのが
Getting Ready…。
この頃になると、純粋なブルースファンだけでなく、明らかにロック畑を意識したアレンジやサウンドが増えてくる。でも、迎合している感じはしない。ただ、ステージが大きくなった分、音も大きくなったという印象。
ギターは相変わらず前に出るし、歌があっても引かない。この「引かない姿勢」が、後のロック・ギタリストたちにとって、ものすごく分かりやすい入口になりました。
G3の Going dwon
G3が「Going Down」を演った意味(※Eric Johnsonを含めて修正)
フレディ・キングの影響が「ブルース〜ロック」の枠を越えて広がっていることを示す分かりやすい例が、**G3(Joe Satriani / Steve Vai / Eric Johnson)**による 「Going Down」 のライブカバーです。
ここがポイントで、G3って“超絶ギター祭り”のイメージが強いじゃない? なのに選曲が「テクい曲」じゃなくて、ブルースの芯を持った「Going Down」なんです。しかもこの曲は、作曲はDon Nixで、フレディ・キングが1970〜71年頃の代表曲として広く知られる形にしたナンバー。
つまり、
現代ギターのスター3人(サトリアーニ/ヴァイ/エリック・ジョンソン)が、ルーツとしてフレディの曲を“共通言語”にしてセッションしている、という構図になる。
これ、フレディが「ブルースの偉人」なだけじゃなく、ロック〜ギターヒーロー文化の深いところにも遺伝子が入り込んでる証拠として、かなり強い材料です。
後期:Texas Cannonball の名が示すもの
フレディ後期の象徴的な1枚が
Texas Cannonball。
タイトルからしてもう強いですよね。テキサスの大砲。
このアルバムでは、フレディのイメージがそのまま音になっている。細かい説明はいらない。前に出る、撃つ、押す。それだけ。
技巧的に洗練されたというより、むしろ荒さも含めて完成している。ここまで来ると、ブルースなのかロックなのか、ジャンル分け自体があまり意味を持たなくなります。
時代が変わっても、芯は変わらなかった
ディスコグラフィーを通して感じるのは、フレディ・キングが「別人になる時期」を持たなかったことです。音作りや編成は変わっても、音の圧と前進力だけは一度も手放していない。
だから、どのアルバムから聴いても、「フレディ・キングだ」と分かる。
成長や変化はあるけれど、迷走はない。その一貫性こそが、彼の作品群を今でも聴けるものにしている理由なんだと思います。
エピソードから見えるフレディ・キングという人
音量で黙らせるタイプのブルースマン
フレディ・キングの逸話でよく語られるのが、とにかく音が大きかったという話です。PA事情が今ほど整っていない時代、音量が足りなければ存在感は消える。その現実を、彼は感覚じゃなく身体で分かっていた。だからステージでは、まず鳴らす。周囲がどうとか、バンドバランスがどうとか、そういう前に自分の音を前へ出す。結果、自然と主役になる。
これはわがままとは少し違って、「ブルースは小さくやるものじゃない」という信念に近い。だから現場によっては煙たがられることもあったらしいけど、最終的には音で納得させてしまう。黙らせる、というより、納得させる音量。
インストで勝負し続けたこと自体が異常
改めて考えると、ブルースでインスト曲を看板にするというのは、かなり無茶な選択です。歌がない分、全部がギターの責任になる。ごまかしも効かない。フレディ・キングは、それを分かった上でやっている。
インストで評価されたことで、「歌が弱いからギターに逃げた」という見方をされることもあったけれど、実際は逆。ギターが前に出られるなら、それでいいという判断だったんだと思います。言葉で説明するより、鳴らした方が早い。その割り切りが、曲にも演奏にもそのまま出ている。
どの時代でも「フレディらしさ」が消えなかった理由
フレディ・キングのキャリアを通して面白いのは、時代によるブレがほとんど感じられないところです。音楽的な流行は変わっているし、録音環境も編成も違う。それでも「別人」にはならない。
サムピックを使う時期、使わない時期。ギターがセミアコのとき、ソリッドのとき。その違いは確かにある。でも、聴いた印象は常に同じ方向を向いている。音が前に出てくる。そこだけは一度も変わらない。
これは器用さの話じゃなく、考え方が固定されていた証拠です。テクニックや道具を変えても、目的が同じなら、結果も似る。フレディ・キングは、ずっと同じ一点だけを見て弾いていた。
だから今もギタリストに掘り返される
フレディ・キングが今も語られる理由は、歴史的に偉いからだけじゃありません。弾こうとすると、必ず自分の「逃げ」が見えてしまうから。音量、アタック、姿勢。どれかを誤魔化すと、すぐ軽くなる。
だからこそ、多くのギタリストが、時代やジャンルを越えて彼の演奏に戻ってくる。
フレディ・キングは、ブルースの名人である前に、音を出すことから逃げなかった人だった。その事実が、今聴いても、ちゃんと伝わってくる。
まとめ:フレディ・キングは「ロック前夜」に立っていた
ここまでフレディ・キングを追ってきて、はっきりしてきたのは、彼が「器用なブルースマン」でも「技巧派ギタリスト」でもなかった、ということです。むしろその逆で、やっていること自体は驚くほど単純。音を小さくまとめない。間で逃げない。鳴らすと決めたら、ちゃんと前に出す。ただそれだけを、最初から最後まで貫いた人でした。
右手の使い方ひとつ取っても、サムピックを使う時期があれば使わない時期もある。親指と人差し指でつまむように弾く感覚は一貫しているけれど、それを「特殊奏法」として固定化することもなかった。道具やフォームは手段でしかなく、目的は常に音がどう出るか。この割り切りがあるから、どの時代の演奏を聴いても、フレディ・キングの音はすぐに分かる。
影響関係を見ても同じです。B.B.キングやT-ボーン・ウォーカーから学びながら、決して同じ場所には留まらない。その音は、自然とロック側の感覚とつながり、クラプトンやSRV、ゲイリー・ムーア、G3のギタリストたちにまで受け継がれていった。ブルースの文法を守ったというより、ブルースの感触をそのまま未来に投げた結果です。
フレディ・キングは、意識してロックをやろうとしたわけじゃないと思います。ただ、自分の音に正直でい続けた。その結果、ブルースはいつの間にか、ロックと地続きになっていた。だから彼は、後付けで「架け橋」と呼ばれる。
今あらためて聴くと、フレディ・キングの演奏は、決して過去のものに聞こえません。むしろ、音量やアタックをごまかしがちな今の時代だからこそ、刺さる部分が多い。
ブルースを弾く以前に、ちゃんと音を出しているか。その問いを、静かに突きつけてくる。
フレディ・キングは、ブルース史の中の偉人であると同時に、ロックが生まれる直前の地点に立ち続けた人だった。
だから今も、ギタリストは彼のところに戻ってきてしまうんだと思います。

