ギターといえば6本の弦が常識。でも、その常識を覆す“電気4弦ギター”で、スウィング時代からR&B創成期までを駆け抜けたギタリストがいた──その名はタイニー・グライムス。
チャーリー・パーカーとのセッション、アート・テイタムとの共演、そしてキルトを着てロックンロールを鳴らしたバンド活動まで。彼の人生は、ギター史の傍流にして、もっともユニークな物語かもしれません。
この記事では、タイニー・グライムスの生い立ちから代表アルバム、愛用した楽器、共演者たちとのエピソードまで、たっぷりと紹介します。
知られざる名手に出会いたいあなたにこそ、読んでほしい──そんな記事です。
タイニー・グライムスとは?
タイニー・グライムス(Tiny Grimes)は、1916年アメリカ・バージニア州ニューポートニューズ生まれのジャズ/R&Bギタリスト。本名はロイド・グライムス。
彼が特異なのは、一般的な6弦ギターではなく、電気4弦のテナーギターをメインに使用し、ギターソロをスウィングさせていたことです。
そのユニークな演奏スタイルと音色で、1940年代にはアート・テイタムやチャーリー・パーカーと共演。後年はロックンロール初期にまで活動を広げ、「キルト姿のギタリスト」として話題になったこともありました。
彼の名前はギター史の主流には登場しないかもしれません。でもそのサウンドは、いま聴いてもグルーヴィーでファンキー、そしてスウィンギー。タイニー・グライムスはまさに、“異端の名手”なのです。
バージニア生まれの少年がギタリストになるまで
グライムスは1916年、アメリカ・バージニア州ニューポートニューズに生まれました。幼い頃から音楽に親しみ、ワシントンD.C.ではドラムやピアノを演奏。実はヴォーカルも得意で、若い頃からその“歌声のうまさ”は周囲に知られていたようです。
ギターに出会ったのは1938年、20代に入ってからのこと。楽器を始めてから1年ほどで、1940年にはヴォーカル・グループ「The Cats and the Fiddle(キャッツ・アンド・ザ・フィドル)」にギター兼シンガーとして参加。
このグループでの活動が、彼のプロ音楽家としての第一歩となりました。
彼は当初、ギタリストというよりは**“マルチプレイヤー+シンガー”**として活動していましたが、やがて4弦テナーギターの独自性と歌心あるフレージングで、プレイヤーとしての個性を確立していきます。
タイニーの歌が聞ける楽曲♪
Never Too Old to Swing
4弦エレクトリック・ギターという個性
テナーギターとは何か?
テナーギターは、もともとバンジョー奏者が移行しやすいように設計された、4弦のスケールが短いギターです。グライムスが使用していたのはエレクトリック・タイプで、ピックアップを搭載し、ジャズコンボでの演奏に対応していました。
一般的な6弦ギターよりも音数が少ないぶん、コードやメロディの選び方に工夫が求められますが、グライムスはその制約をむしろ“個性”に変えました。
Tiny Grimesのプレイスタイルの特徴
彼の演奏は、スウィングジャズのウォーキング・ラインをなぞるようなバッキングと、太く温かみのある単音ソロが特徴。
ピックで弦をがっしりと弾き、リズミックでグルーヴ感あるアプローチは、後年のR&Bや初期ロックギターにも通じる先進性を感じさせます。
アート・テイタム、チャーリー・パーカー…巨匠たちとの共演
タイニー・グライムスが一躍注目されるきっかけとなったのが、アート・テイタム・トリオへの参加でした。1943年から1944年にかけて、伝説的ジャズピアニストのアート・テイタム、ベースのスラム・スチュワートと共に活動。ギターというポジションにありながら、彼のプレイはテイタムやスチュワートと完全に対等で、三者の“音楽的会話”は今聴いてもスリリングです。
このトリオで録音された楽曲の中でも、ひときわユニークなのが**「Tiny’s Exercise」。タイトル通り、これはグライムスが作曲した「ギターの練習曲」のような1曲で、なんとテーマのメロディが「ドレミファソファミレ」**という音階そのものになっているのです。
※実際のキーはAbなのでドレミファソファミレではない
つまり、スケール練習をそのままメロディにしてしまうという、シンプルなのに妙にクセになる構成。この音階をベースに、テイタムの変幻自在なピアノと、スチュワートのうねるようなベースが絡み合い、曲はどんどん予測不能な方向へ展開していきます。
もちろんグライムスのギターも、軽快でグルーヴィー。4弦ギターという制限を逆手に取ったような小気味よいリズムとタイム感で、曲全体を引っ張ります。
練習曲がそのままセッションの見せ場になるという、この曲の面白さは、まさにグライムスらしい遊び心の象徴といえるでしょう。
最高にぶっ飛んでる曲(と個人的に思っているw) Flyin’ High
ロックンロールの先駆け?キルト姿のハイランダーズ
1940年代後半、タイニー・グライムスはさらに異色のプロジェクトを立ち上げます。それが、「Tiny ‘Mac’ Grimes and the Rocking Highlanders」。このバンドではなんと、メンバー全員がスコットランド風のキルトを着用し、陽気にジャズやR&Bをプレイするという型破りなスタイルで注目されました。
このユニットには後にスクリーミン・ジェイ・ホーキンスとなるシンガーや、サックス奏者のレッド・プライソックらも参加。1949年には「That Old Black Magic」などの録音も残しています。
この時期のグライムスの演奏スタイルは、ジャンプ・ブルース(Jump Blues)と呼ばれるジャンルに分類されることがあります。これは、スウィングジャズのリズムにブルースの要素を乗せて、よりダンサブルでエネルギッシュにした音楽で、やがて「R&Bの原点」、さらにはロックンロールの源流とも言われるジャンルです。
実際、タイニー・グライムスのバンドは当時「Jive(ジャイヴ)バンド」とも呼ばれ、黒人の若者たちを中心に大人気でした。ジャズの洗練された技術に、ブルースの泥臭さとユーモアを加えたこのスタイルは、後の音楽に大きな影響を与えることになります。
つまりグライムスは、エレクトリック・ギターによるジャズ演奏の先駆者であると同時に、ジャンプ・ブルース〜R&B〜ロックンロールの流れを作った張本人の一人とも言えるのです。
主なディスコグラフィー紹介
タイニー・グライムスのキャリアは長く、多くのセッションと録音を残しています。ここでは代表的なアルバムをいくつか紹介します。
アルバム名 | 発表年 | 特徴 |
---|---|---|
Blues Groove | 1958年 | ジャズオルガン奏者ジャッキー・デイヴィスとの共演作。ミッドテンポ中心のソウルフルなセッション。 |
Callin’ the Blues | 1958年 | コールマン・ホーキンス参加。歌心あふれるスロー・ブルースが光る名盤。 |
Tiny in Swingville | 1959年 | スウィングジャズの楽しさをストレートに伝える作品。バンドとの相性も抜群。 |
Big Time Guitar | 1962年 | オルガン&リズム隊との濃密なセッション。ゴキゲンなR&B色が強め。 |
Profoundly Blue | 1973年 | 後年の代表作。タイトル通り深みのあるブルースが響く円熟のギター。 |
これらのアルバムには、彼のギタープレイだけでなく、ヴォーカルもフィーチャーされた楽曲が多く、シンガーとしての魅力も再確認できます。
タイニー・グライムスに影響を与えた人物たち
タイニー・グライムスのギタースタイルにもっとも強い影響を与えたのが、チャーリー・クリスチャンです。エレクトリック・ギターを初めて本格的にジャズへ持ち込んだ人物として知られ、ベニー・グッドマン楽団での活躍を通して、後のギタリストたちに大きな影響を与えました。
グライムスはそのエレクトリックな感覚とスウィングのグルーヴを受け継ぎながらも、4弦という制限の中で、自分独自のアプローチを模索。
さらに、同時代のジャンゴ・ラインハルトや、後に続くTボーン・ウォーカー、ミッキー・ベイカーなどとのスタイルの違いを意識しながら、ブルースとジャズの橋渡し的なプレイスタイルを築いていきました。
今聴いても面白い!おすすめ音源と聴きどころ
タイニー・グライムスは、そのユニークなスタイルゆえに時代を超えて“今聴いても面白い”音源が多くあります。中でも以下の作品は入門にもおすすめ。
- 🎧 Tiny’s Exercise(with Art Tatum)
→ グライムスが主役級の演奏を披露。ピアノとの丁々発止が楽しい。 - 🎧 Tiny’s Tempo(with Charlie Parker)
→ ジャズ史の名演。4弦ギターの芯の太いトーンが聴きどころ。 - 🎧 That Old Black Magic(with The Rocking Highlanders)
→ キルト姿のバンド!遊び心満点のステージングと軽快なR&B。 - 🎧 Profoundly Blue(1973)
→ 晩年の名盤。ブルースを基調にしつつ、ジャズの深みが漂う1枚。
これらを聴くと、グライムスの魅力は単なる“珍しい楽器を使ったギタリスト”ではなく、歌心・リズム感・ユーモア・個性の塊だったことがよくわかります。
まとめ|ギター史に残る異端児、再評価されるべき理由
タイニー・グライムスは、一般的なジャズギター史の“正史”にはあまり登場しないかもしれません。けれども彼の存在は、**ギター音楽の分岐点を何度も通過した「架け橋のような人物」**でした。
まず、4弦エレクトリック・ギターという特異な楽器で、チャーリー・クリスチャン以降のジャズギターに独自の視点を持ち込み、アート・テイタムやチャーリー・パーカーといった巨人たちと対等に渡り合ったギタリストであること。
これは単に“珍しい楽器を使っていた”という話ではなく、限られた音数の中で最大限の表現を生み出す感性と技術を持っていた証でもあります。
そしてもう一つの側面が、ジャンプ・ブルースやジャイヴといった“ダンス・ミュージックの初期形態”において、バンドリーダーとして観客を沸かせていたという事実。
彼の演奏スタイルやリズム感、そして時には歌声までもが、のちのR&B、さらにはロックンロールの萌芽に繋がっていきます。
タイニー・グライムスの音楽は、「ジャズか?ブルースか?R&Bか?」というジャンル分けでは収まりません。
それらをまたぐように、自由に、遊ぶように弾きこなした彼の姿勢そのものが、のちのブラック・ミュージック全体にとってインスピレーションだったのです。
いま、SpotifyやYouTubeで彼の演奏を簡単に聴ける時代。
ぜひ「Tiny’s Exercise」や「Tiny’s Tempo」、「Profoundly Blue」などの録音に耳を傾けてみてください。そこには、**歴史の傍流にこそ存在する“音楽の純粋な楽しさ”**が、きっと聴こえてくるはずです。